【呪術廻戦】五条家は3つも実在した!家紋や子孫の現当主も解説

呪術廻戦に登場する五条悟。

彼の出身である五条家は実在した家系です。

ただ、一口に「五条家」と言っても複数の家系があるため、きちんと理解してないとあらぬ誤解を招くことも。

そこでこの記事では、実在した五条家を3つの家柄に分けて解説していきます。

家紋や子孫、現当主の方についても触れてみました。

結論:五条家は複数の家柄が実在している

呪術廻戦に登場する五条家は実在する家柄で、以下の3つが家系が実在しています。

菅原氏から派生した五条家
清原氏から派生した五条家
平安時代に刀工として活躍した五条家

ここで言う「氏」と「家」の関係ですが、家を束ねたものが氏だと考えればOK。

1つ目の五条家は「菅原氏」から、2つ目は「清原氏」から派生した家系であり、3つ目も含め全くの別の「五条家」となります。

以下ではそれぞれの「五条家」について詳しく見ていきましょう!

※参照:呪術廻戦に登場する苗字は実在するの?珍しい名字や漢字の読み方も解説
※参照:【呪術廻戦】夏油という苗字(名字)は実在するの?由来や他の岩手ネタについても

菅原道真に連なる「五条家」は悟や乙骨憂太の祖先?

1つ目に解説する「五条家」は、呪術廻戦にも名前が登場する菅原道真に連なる家系です。

作中でも五条悟や乙骨憂太が菅原道真の子孫として登場しており、呪術廻戦に登場する「五条家」は、この家系の子孫である可能性が高いです。

※参照:【呪術廻戦】乙骨(おっこつ)という苗字は実在するの?有名人や乙骨憂太の名前の由来も

この「五条家」が成立したのは13世紀の鎌倉時代で、創設したのは菅原道真の系統に連なる五条高長(ごじょう たかなが)という人物です。

五条家は公家として代々続き、朝廷内では相撲の催しを取り仕切る「相撲司」としての役割を果たしました。

明治時代に華族制度が成立した際は子爵家となり、その子孫は現代も続いています。

天武天皇に連なる「五条家」は九州で武家になった

2つ目の「五条家」は、天武天皇の末裔で清原氏の出身である五条頼元(よりもと)を家祖としています。

頼元は鎌倉時代の終わり~南北朝時代に、後醍醐天皇から信頼され活躍した人物です。

後に後醍醐天皇の皇子である懐良親王と九州へ渡り、武家となり北朝方と戦いを繰り広げます。

その子孫は九州へ住み着き、菊池氏や大友氏に仕えた後、肥後国(今の熊本県)を治めた加藤清正や、筑後国(今の福岡県)の立花宗茂といった名だたる戦国武将の許へ身を寄せたと言われています。

一時期は家の名前を「矢部」に変更した時期もあったようですが、後に「五条」に戻しています。

刀鍛冶の「五条家」による作品は皇室財産になった

これらとは別に、刀鍛冶として有名な五条家も存在します。

この五条家は、同じ刀鍛冶である三条宗近(さんじょう むねちか)の系統から派生したとされ、平安時代に活躍した五条兼永(かねなが)と国永(くになが)の親子が知られています。

まず親の兼永は三条宗近の子供または孫とされており、1030年頃に京都の五条通に住んだことから「五条」姓を名乗り、この地で刀を作り始めました。

兼永の作品は2つ現存してると言われています。

兼永の子供である五条国永は1055年頃から京都の五条通で刀を作っており、著名な作品としては皇室財産にもなっている「鶴丸(つるまる)」が挙げられます。

この五条家の人物としては、兼永の子とされる「兼次」や「兼安」という人物名も伝わっています。

ただ、こちらのの五条家の資料は他2家に比べ少なく、個々の人物の詳細やその子孫がどうなったかは明らかになってないようです。

五条家の家紋を2つ解説

続いて、五条家の家紋について見ていきましょう。

菅原系と清原系の2つの家紋が分かっているので、その2つについてご紹介します。

菅原系五条家の家紋:荒枝付き左三階松

菅原氏の流れをくむ五条家の家紋は「荒枝付き左三階松(あらえだつきさんかいまつ)」です。

この家紋はいわゆる「松紋」に分類され、松は年中通して葉をつけていることから「長寿」という意味があります。

また、松には「神様が宿っている木」という意味もあり、そこから派生して「神を祀る」「祭り」という意味にもなっています。

「長寿」という意味合いからは、平安時代から続く五条家の性質を感じさせてくれますね。

※参照:五条悟の父親母親など家族構成が気になる!姉や祖先の菅原道真についても

清原系五条家の家紋:五七桐に十六菊

清原氏の流れをくむ五条家の家紋は「五七桐に十六菊(ごしちきりにじゅうろくきく)」です。

花弁が16枚ある菊紋の上に、花の数が左から5-7-5ある桐紋が乗ってる形状となっています。

菊紋と桐紋はいずれも皇族の方々が使用された経緯のある由緒ある家紋として知られており、菊紋は皇族が、桐紋は皇族をはじめ室町幕府や豊臣秀吉といった時の権力者が使用した非常に格式のある紋としていずれも有名です。

特に菊紋は法律によって使用規定が定められた時期があり、皇族以外の使用が制限されたことでも知られています。

こうした菊紋と桐紋を併用した家紋を使用したという事実は、五条家が皇族から信頼されていた証と言えるかもしれませんね。

五条家の子孫はいるの?

鎌倉時代から続く五条家ですが、その子孫はどうなったのでしょうか。

以下では五条家の末裔を菅原系・清原系それぞれで解説します。

また、「五条」という苗字(名字)が静岡県で多く見られる理由についても考察してみました。

菅原系五条家の子孫:幕末では朝廷側につき子爵になる

菅原氏の流れを汲む五条家の子孫ですが、幕末では23代目当主の為栄(ためしげ)が朝廷側につき、徳川方との戦いで手柄を立てています。

その後、明治時代に入り華族制度が成立すると、為栄は華族に列せられ、5つある華族のランクのうち4番目の子爵に封じられました。

為栄の後は為功、為正が当主を継ぎ、その邸宅は現在の京都市中京区にあったと言われています。

ここで余談ですが、呪術廻戦の作中において五条悟の居住地や悟の実家の所在地は明かされていません。

ただ五条家や禪院家、加茂家の総称である「御三家」が平安時代に台頭した家柄であり、当時の都が京都に置かれていたことを踏まえると、悟の実家はほぼ間違いなく京都にあると考えられそうです。

清原系五条家の子孫:授爵運動を行って男爵になる

清原氏の流れを汲む五条家の子孫は、九州で武家として土着した状態で明治時代を迎えました。

しかし、菅原氏の流れを汲む五条家に対し、こちらの五条家は武家であったため華族にはなれず。

これに不満を持ったのは当主の頼長。

かつて南朝側として後醍醐天皇を助けたのだから華族にして欲しいと依頼します。

当初は断られましたが、後継者の頼定が西南戦争に従軍するなどの功績をあげ、その後も父・頼長の授爵運動を続けました。

結果として、こちらの五条家も1897年に男爵に封じられる事に。

菅原系五条家よりは華族としての家格は劣るものの、念願叶った想いだったことでしょう。

その後、五条男爵家は福岡県八女郡に邸宅を構え、子孫は今に至るまで続いています。

https://twitter.com/westernpalace/status/1386231799504801796

五条家の子孫は静岡県に多く住んでる?五条義助とは?

上記2つの五条家とは直接関係のない話になりますが、日本全国で「五条」姓が多い都道府県は静岡県で、特に島田市と焼津市に多く見られると言われています。

実は現在の静岡県島田市には「五条義助」を名乗る刀工が代々拠点を構えており、もしかしたらその子孫の「五条さん」が、静岡県に多くお住まいである可能性があります。

「五条義助」は人名ではなく歴代当主が名乗っていた名前であり、その祖は鎌倉時代初期に後鳥羽上皇に刀鍛冶として仕えた五条助宗だと言われています。

刀鍛冶と言うと、上で解説した五条国永、兼永と関連する人物では?と感じますが、この両者に関係があるかは分かっていないようです。

そして、五条助宗の子孫が現在の静岡県に移り住んで「五条義助」を名乗り、一部の者は室町~戦国時代に同地を治めていた今川家に仕えたと言われています。

五条家の現当主は誰?

五条家の現当主が誰なのかについても気になりますね。

菅原系、清原系それぞれの現当主の方を見ていきましょう。

菅原系五条家の現当主:26代目の為義氏

菅原氏の流れを汲む五条家の現当主は26代目の五条為義です。

為義氏に関する情報はネットにはほぼ公開されてないようですが、平成29年に皇族の方々も参加され行われた歌御会始 ( うたごかいはじめ ) の読師 (どくし)を務められたというツイートがありました。

旧華族の流れを汲む方なので、皇族の方々との接点も今なお続いてるのかもしれません。

また、為義氏には為展氏という息子さんがおり、この方は2019年時点で三井住友信託銀行のストラクチャードファイナンス部で勤務されてるようです。

恐らく27代目の当主になられる方だと思われます。

清原系五条家の現当主:25代目の元滋氏

清原氏の流れを汲む五条家の現当主は、25代目の五条元滋です。

元滋氏は15年9月時点で59歳と西日本新聞で報じられているので、23年では67歳前後でしょうか。

元滋氏は毎年9月23日(秋分の日)に、福岡県八女市で五条家が南北朝時代から受け継ぐ宝物を公開する「五條家御旗祭り」を主催されています。

https://twitter.com/kikuchi_prom/status/1441276946847989760

この催しでは、後醍醐天皇が懐良親王に授けた「金烏の御旗」をはじめとする五条家ゆかりの品々が公開されており、歴史ファンの間では人気を博している模様。

近年はコロナの影響で中止されているので、早く収束して欲しいところですね。

まとめ

呪術廻戦に登場する五条家は実在したのかを、家紋や子孫、現当主の方を交えご紹介しました。

まとめると、以下のようになります。

五条家は実在する家柄で、静岡県島田市や焼津市に多く見られる苗字である。
菅原道真の子孫である五条家は朝廷で相撲の大会を司っており、家紋は荒枝付き左三階松。明治以降は華族(子爵)となり子孫も顕在。
清原氏の流れをくむ五条家は南北朝時代に活躍し、その後は九州に土着。家紋は五七桐に十六菊。明治時代に華族に列せられ、子孫も顕在である。
これらとは別に「五条派」という刀工が平安時代に活躍しており、国永・兼永の名で知られる。
静岡県に居住した「五条義助」は三条家の流れをくんでおり、戦国大名の今川氏に仕えたとされる。

多用な人々を輩出した五条家ですが、一方で呪術廻戦の作中には悟以外のキャラは登場していません。

本誌では物語も佳境に入っており、悟以外の五条家の人間が登場するかは微妙なところですが、どんな人がいるのかは気になりますね。

刀工がいたら面白いだけどなあ…

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